20200215〜選者が行く〜「永田耕衣展」

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↑だいぶ黒くなった姫路城。修復直後は余りに白すぎて姫路市民はかなり「うろたえた」らしいw(神戸市民ものけぞりましたともw)

 

 

2月15日(土)姫路駅集合。

そんなメールをヒラマツさんから受け取って行きましたとも姫路。

すっかり遊びのつもりで行ったら「仕事です」。確かに見渡せば本気で仕事仲間ばかりだったw

 

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てことで行ったのは姫路文学館「永田耕衣展」。

 

http://www.himejibungakukan.jp/

 

俳句についてはまあまあ知る機会も多いのだけれど、これだけ書と絵が一堂に集まったのはすごい。私のモットーの中に「百聞は一見に如かず」というのがあるのだけれども、本や評伝でだれかが語る以上に、その人の身近にあったものの方がその人の多くを語ると思った。「ナスミイラ」に象徴される「衰退のエネルギー」への好奇と執着とか。これは館内で流されたビデオを見ればいっそう「衰退」の美を実感できた。

 

あとは誓子に宛てた「天狼」脱退への釈明、石塚友二からもらった「鶴」脱退についての返信。この2通の手紙は当時の耕衣の置かれた立場のむずかしさを知る好資料。

 

これだけの資料がありながら、そしてごくごく身近にいたはずの作家なのに周囲に耕衣研究を志す人がないのは惜しいと思ったけれど、逆にこれだけ資料が出揃って展示されればもう研究という段階を越えたのかもしれないし。とはいえ、新資料があった、というのは事実の補完に過ぎずそこから見えてくる何かの姿を読み取ることが「俳句史研究」というものでもあろうし。DSC_1124.JPG

 

とかなんとか、研究のことうじゃうじゃ考えて耕衣のキリマンジャロをいただいて、お仕事終了。

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 姫路もすっかり梅の盛り。メジロがやってきて花びら散らしながら堪能してました。

 

 

すぐ横に男山八幡があって、「うおおおお、あの電話たらい回し事案の男山八幡だーw」←『母屋のひさし』参照。姫路文学館のひとの「うちのすぐよこに男山八幡という神社が見えているんですが」のくだりを思いだし、むっちゃそこにあるやん見えてるやんと笑いが止まらないw

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あとはヒラマツさんご推薦の居酒屋へイン。待て、まだ三時前なんだがwwwww

 

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最近はほぼほぼお酒の場は失礼していたのだけれども(つきあい悪いことこのうえなしw)ゆうべ?は灘菊という地元のお酒、さらに女性杜氏プロデュースの「MISA」を教えて貰って、くろしろのおでん、ひねぽん、ざる豆腐、塩辛の石焼き、等々舌鼓うちつつわいわいいいながらめちゃくちゃ久しぶりにお酒楽しんだ。

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飲み比べ三種「特別本醸造生原酒・純米吟醸MISA33・純米生原酒」

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突然紙回して連句始まるしw

 

春の風ルンルンけんけんあんぽんたん(坪内稔典)

幸福が来るわたしをめがけ(あきこ)

すかんぽの花さく踏切りへの歩み(まゆみ)

なしのつぶてでもう一世紀(じろう)

HalloGood Bye! Bungei wao!(まさこ)

ひねポンなだぎくおでん WA O。。!(じゅんこ)

 

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俳句仲間はここで句相撲始めちゃうんだけど、詩とか短歌の人たちは連句なんだなあ。突然始まった連句(?)に裁けるかー、やるんならもっとはよいえーと悲鳴の時里師匠。

そんなこんなお酒も楽しいんだけど、姐さんたちのおはなしがまたw三浦さんの話にさらっと出てくる朱門とか曾野綾子とかの名前やばいwいや、けっこう驚いたのは「朱門の父が『セルパン』の出版手伝ってて・・・・」え、この前鳳作がらみで「セルパン」おせわになりましたけどもー。こんな地味に(すみません)硬派な雑誌があるんだと思ったりしましたが、いやー世界は狭い!塚本邦雄のカトリック事情についても長年聞いてみたかったことだったのでこれも聞けたし文学的に至福過ぎた。

 

 

 

二次会、まさかのメイドカフェ。「主人が『いまからメイドカフェ行く』っていうのに信じてくれない」という三浦さん、ちょっとでなく尻込みする時里さん、大乗り気の尾崎さん、記憶はおそらくもうとんでるヒラマツさん、もうこうなったらどこまでもいってまえのわたなべ。三次会はカラオケとか、もう飲んべえのフルコースやん。

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ウコンと胃薬飲んでたらふく水飲んで、おえええええっていいながらお布団入りましたとさ。

 

本日の旅人

時里二郎

三浦暁子

尾崎まゆみ

平松正子

わたなべじゅんこでしたー(*^O^*)

そのうち、ちゃんとまじめなきじが神戸新聞に出るかもー♪出たら教えてね(。・ω・。)

| 行ってきた | 16:07 | comments(0) | - | - | - |

20200131〜未来へつなぐ〜 文化功労者・宇多喜代子さんをお祝いする会

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行ってきました。伊丹シティホテル。あ、むかーし、何度か俳句史研究会の帰りここでお茶したやん、と懐かしく。入り口でくじを引きテーブルが決まる。

 

私は「象」の席。各テーブルは宇多さんの句集の題がついていました。これだけも句集があるんだと圧巻。そりゃそうか。

 

発起人代表挨拶 坪内稔典

祝辞 伊丹市長

乾杯の挨拶 久保純夫

 

なんでも伊丹市の条例で乾杯は日本酒だそうで。いきなり日本酒かーいとみんなで笑いながらまずは小さなコップ酒(コップ酒ゆうな・・・)

 

きっとここで会えるだろうと思った人が何人かいて、藤川游子さんもそのひとり。藤川さん、宇多さん、山田弘子さんと俳句史研究会の草創期「三人娘」と言われて事務局やら会計やら頼りにされておいででした。そのお仕事を引き継いだのが当時まだ院生だった私。ええ、何も書いてないはがきを送ってしまったり(無言はがき事案)、会費の徴収の際一人お名前聞くのを失念したり(「誰からお金貰ったかわからーん事案」)、(「桂さんカンカンやったで」事案なども・・・、ああ思い出したくない。でも、叱られてなんぼとたくましく・・・)。ええ、いろいろやらかしましたとも。いろいろしくじりもし、叱られもし、慰めてもいただいた諸先輩方。うん、やっぱり懐かしい(*^O^*)いま、あるのは時に厳しく時に優しく、時に笑って導いてくださった先輩方のおかげです。(まだまだたらないのですけれども)

 

そんな先輩が「文化功労者」だなんてすごいじゃないですか。すごく嬉しいし、すごく誇らしい。研究会の後、「浜路」でみんなで飲みながら(概ね私は聞き耳立てているばかりでしたが)聞く俳句の話は今思えば値千金でしたね。うんうん(*^O^*)。

 

 

 

会場には高橋睦郎さんや高野ムツオさんも。まさに遠方より友来るって感じでした。

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最後の宇多さんの謝辞。

ポイントは3つ。

「これ(文化功労者)は俳句というジャンルがいただいたもの」

「おばあさんには若い人とは違う形の未来がある。それに向かって・・・がんばらない(笑)、頑張りすぎるのが私の欠点だと言われるから、頑張りません(笑)」

「どんなときにも口紅だけは忘れずに(笑)」

 

俳句というジャンルが、というのはやっぱりそうなのかなと。俳句、というジャンルが「第二芸術」と言われ、「やっと第二でも芸術といわれるようになりましたか」的な虚子の発言を思えばね。まあ「芸術」と呼ばれる必要があるのか、ということはいろいろ物議醸しだしそうだけれども、少なくとも、その俳句の仕事も国家レベルで大切なんだと認知されたことは嬉しいこと。できれば、俳句史ももっとにんちされてほしいいいいいいい。

 

会場入り口には著書が置いてありました。たくさんある。何冊か持ってるけど、『りらの木』ほしいなあ。再版しないかしら。きっともう古本屋にも出ないし、出たとしてもすごい値段ついてそうだからなあ。あの頃買っとけばよかった。DSC_1069.JPG

 

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最初、俳句史研究会宛にも「このたびはおめでとうございます」からの「お祝いの会は是非うちで」という某大統領御宿の東京のホテルの売り込みがあったりしたわけだけれども、地元で、親しい顔ぶれの中で、というこの未来へつなぐ会のあり方は宇多さんのお祝いに相応しい舞台だったのではないかしら、などと生意気に思ったことでした。

 

これからもご指導も含めて楽しい俳句の語り部であっていただきたいと思います。

 

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| 行ってきた | 16:14 | comments(0) | - | - | - |

20190125春節祭

行ってきました、春節祭。てか、ごはん食べにいったらシャンシャン鐘が表通りにまで響いてて「あ、春節祭やったわ」と気が付いた、が正しい。

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むかーし舞龍隊のアルバイトしたこと(めっちゃ楽しかった。・・・重たい龍の胴を掲げ振り回している最中にオバチャンが「差し入れっ!」ってあっつい揚げたてのごま団子を口の中に突っ込んできたことを含む)、俳句の先輩山田弘子さんにお葬式の後、まっすぐに帰る気になれなくて途中下車した三宮からぷらぷら元町まで歩いてきて、やはりそこで賑やかな春節祭のざわめきに出会ったこと、等々いろいろ思い出しつつ(今日、年間優秀賞授賞式のあと、新聞社の担当さんやほかの選者の先生方とも弘子さんのことが話題に出て、もう10年になるのかとしみじみ・・。)。

 

さて、神戸って市全体が中華街みたいなところがあって、南京町に限らずどこの中華料理屋さんにはいってもまず外れがない。各国料理も狭いところにぎゅっとあってとても便利な街でもあります。

何軒か勝手にひいきにしているお店がありますが、昨日は久しぶりに劉家荘へ。お目当ては焼鶏(しょうけい)ラーメン。

席が空くのを待っていたら獅子舞がやってきました。まさにかぶりつき♪

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そのあと店に入って「焼鶏・・・」といいかけたら「いまきれとんねん。もうちょっと待っててくれたら焼けるねんけど」。そらー待つでしょ。待ってる間になんか食べよか、じゃあ酢豚と油淋鶏と野菜炒めとイカの天ぷらと・・・・あれ?おなかいっぱいなんですけどw焼鶏ラーメンは後日リベンジすることに・・・。

 

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| 行ってきた | 20:18 | comments(0) | - | - | - |

2019神戸新聞文芸欄年間優秀賞授賞式

また、年間賞の季節がやって参りました。今回も迷ったのですけれども。

今回は表現の面白さに特色のある数句を候補に挙げていました。

 

そして母背負うて梅の丘登る 中城佑真 

何からの「そして」なのか。まるで小説や映画のタイトルのようにすこしばかり思わせぶり。母親を背負って登る梅の丘。かぐわしい風の中、年をとった母と春の中。美しくそしてすこし寂しみのある情景。ちらっと〈たはむれに母を背負ひて/そのあまり軽きに泣きて/三歩あゆまず 石川啄木〉の悲壮感を思い起こした。でも、きっと作者はそんな重い悲壮感は持っていない。軽やかに春の風のような母を背負っている。

 

「優」一字亥の背にくくり夫の介護 三枝ますみ

今年亥年ということで「猪突猛進」ということばをいただいた年賀状やテレビの年頭所感でなんどもなんども見たり聞いたりした。きっと夫の介護に「猪突猛進」、精一杯励みます、という気持ちのこもった一句。ただ、その猛然と走るいのししの背中には「優」の一字。前に進むという決意、でも思いやりを持って優しく、という自戒。夫婦の過ごした年月の深さを見るようです。いのししさん、頑張りすぎず走ってください。

 

桜雄蕊恒河沙恒河沙 高木桃子 

 「桜蕊降る」という季語がある。その応用編ということでいいのだろう。花びらが散って紅を含んだ蕊が一面に散り敷く。まさか数えたわけでもあるまいが、その雄蕊は数恒河沙本あるというわけだ。恒河沙は1052乗。続いて阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数と未知の数量が続く。その数の多さよりも「ごーがしゃごーがしゃ」という響きが愉快。機械的な音が蕊に無機質な姿を与える。きっとこれから降る桜蕊をみるたび「ごーがしゃごーがしゃ」という音が聞こえてくるに違いない。

 

ばっふんと飛び込んだきり金亀子 高木桃子

〈金亀虫擲つ闇の深さかな 高浜虚子〉を思い出した。こちらは意図的に夜の闇に投げ込んだのだが、高木句は自分から飛び込んでしまった。それを「ばっふんと」という擬音語で説明するのだから可笑しい。コガネムシのどこからそんな音が見つかるのだろう。これは見つけた作者の手柄だ。それにしても飛び込んだっていったいどこへ、というその問いすらもばっふんと消えて問うたきりになりそう。

 

見損ねた虹そのときの我探す 堀下善子 

夏のセーラー服の青いリボンを揺らして走る。駅につくところでようやく雨が止んだ。跨線橋を先に駆けあがっていったユウコがぱっとビルの合間を指さして「虹だっ!」と叫んだ。「どこっ?」でも、ユウコはそれには答えずただ「電車が来るよ!」と私の手を引いた……。なんて、ちょっとドラマを再現(もちろんすべてフィクションです)。探しているのはそのときの「私」。虹ではないところがいい。虹とともに気をひかれる記憶のなかのなにか。私はそれを思い出したいのだろうか、忘れたいのだろうか。

 

非非非非非蚰蜒出たぞ非非非非非前田加南男

「やーめーてぇーー」と思わず絶叫した一句。「非」の字がまさかゲジゲジに見える日が来ようとは。吃驚の一句である。視覚的な面白さが眼目(縦書きなら怖さ五割増し)。こういう視覚的な仕掛けの一句はたいてい声に載せられないという欠点を持つものだが、この句、句会に出してもそれなりの反響を呼びそう。音読すると「ひひひひひ……」と薄ら笑いを浮かべて寄りくるゲジゲジの姿が見えて来る。なかなか怖い句である。

 

目で読む俳句としての前田句、情景を考えさせる堀下句、中城句。どれも好きでしたが、今年はやはり桜蕊に音を見いだした高木句の力に圧倒されたように思います。未熟な印象ののこる言葉遣いですがそれも魅力。今しか作れない句があると思いました。今後桜蕊をみるたびにごーがしゃごーがしゃと金属音を想像しながらこの句を思い出すような気がします。忘れない、思い出させるということばの力を存分にひめた句です。ビギナーズラックと言われないよう、そしてこれからも様々な風景とことばに出会っていただきたいと思います。

 

そんなわけで〈 桜雄蕊恒河沙恒河沙 高木桃子 〉を年間賞として選びました。以下、選のことばです。(1223日月曜日神戸新聞朝刊)

 

「桜蕊降る」という季語がある。花のあと桜の花蕊が落ちているさまをいう。落ちたばかりの花蕊はほのかに紅色をまとい、それはそれで美しい。やがてそれも茶色になって土に還っていく。花ほどに美しくはないその蕊を賞美するあたりが俳句らしい「季語」といえるのかもしれない。小さなこどもが足首を埋もれさせながら大量の花蕊を蹴散らしているのを見たときには「楽しそう!」と考えた。そのときたしか無音だったはずだが……。「ごーがしゃごーがしゃガシャガシャガシャ」ともしかしたらかすかな金属音が鳴っていたのかも?「恒河沙」という単位を見つけた手柄、そして桜蕊に音を見つけた手柄。「桜蕊降る」としなかったのは表記を漢字のみにして硬質なイメージをたもつためであろう。結果、敢えての破調の句だ。

 今年もたくさんの句をいただき唸り、笑い、悲鳴を上げた。来たる年もまた泣いたり笑ったり、感情豊かに俳句と対峙したい。

 

| 行ってきた | 19:28 | comments(0) | - | - | - |

薬剤投与と花水木

 

先日、Twitterで以下のようないいだかずま氏によるアンケートが流れてきた。

 

「薬剤の投与があれより早くても遅くても彼は助からなかった」という文章を読んで、どのような状態を思い浮かべますか?

 

彼は適切なタイミングで薬を処方され……(たぶん助かった、の回答) 37

タイミングに関わらず結局彼は亡くな……(死んだ、という回答)   61

その他                               2

 

母数は22726票だからアンケート結果としてはまあまあ客観性のある数字が出たと思われる。

 

私は自信満々で「亡くな……」を選んだのだが、流れてくるツイートやら下にぶら下がっているリプライを見ていてモヤモヤとしてきた。おおかた、自分の解答と結果が一致しなかった事への不満?のある層の文言なのだが、つまり「処方され……」を選んだ方々の不満だったり疑問だったりなのだが、「大丈夫か日本語」とか「見出しを読み間違う人も出るよな」的な感想を見つけるに至ってもうもやもやが止まらなくなった。

 

そのアンケのきっかけが見えてきたことでさらに「ああああああ、そういうことかー」と、このアンケの知りたかったところがわかって俄然面白くなってきた。

どうやらもとは短歌

 

〈花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった 吉川宏志〉

 

歌の解釈をめぐる東直子氏のツイート、およびそこに貼られたリンク先(土岐友浩氏ブログ「月のコラムハヤブサが守る家から」https://sunagoya.com/jihyo/?p=1726)。

たしかに、この歌を読んだとき私は「愛を告げることができた」と読んでいる。

それにしてもそこに言われるように若い子たちの読解力はほんとうに落ちているのか?

で、すぐに学生に緊急アンケートをとった。二つの文を横書きにしてコピっただけのアンケート用紙である。口頭で「結果はどうなったと思いますか?」というかなり簡易的なもの。。

そこには文章の違いらしきものを投影させないようにだけ気をつけた。

 

薬剤の投与があれより早くても遅くても彼は助からなかった

助かった   →7

助からなかった→9

 

花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった

告げられた   →6

告げられなかった→10

 

なるほど、読解力が落ちているように見えるなあと思いながらさらに彼らとことばを交わしていくとひとりが

「薬剤の方、なんかドラマの台詞とかで自慢げに言ってそうな気がしたんですよね」と発言。これで一気にモヤモヤが解消した。

 

あらためて、「じゃあ花水木の方、実は短歌なんだけど、これが短歌とか詩だったらどう?」と聞くと「え、そんな・・」という表情になった学生が数名。「結論は変わる?」半数近くが結論は変わると挙手で答えた。←ちゃんと詰めて数えておけばよかった・・・

 

 

実は講義前に読み巧者の友人ふたりにもこのTwitterのアンケートの結果についてどう思う?と尋ねておいた。

 

それぞれの意見と私の意見合わせて3人とも大方見解は一致した。以下、そのまとめである。

 

そもそも、私たちは通常レポートや評論の文章では誤読を誘わないように結論を言い切る形にして書くように指導している。さらに「薬剤投与」のアンケ設問の「〜という文章」という設定がいみじくも結果の判断の材料になる。これを平叙文として読むのだから結果は「助からなかった」とするほうが多数を占めるのが当然だ。ただ、裏返して、これを文学的文章として考えれば、つまりひねって(逆説的に)表現すればその結果は自ずと変わる。だからその場合は学生言うところの「自慢げな台詞」というところにまさに一致する。

 

おそらく、花水木の歌も同様なのだろう。普通の平叙文として考えれば「告げられなかった」と答えるのが正しい。ただ、それを詩歌として認識している側の人間は「逆接的」な肯定「告げることができた」に到達することができる。教室内で「これが短歌だったら」と言われたときの学生たちの顔を思い出せば、彼らもその情報を持ってさえいれば最初から「告げられた」と答えたのではないか。

 

「花水木の道」の長さが自身の逡巡をまとめるのにいい距離感でほどよい間だった、ということを詩的に表現すればこうなるのかと唸る表現である。そもそもこれが平叙文として出てくる場面が想像できない気もするし、その意味では読解力が落ちていると言わざるを得ないのか。いや、それ以前に、目の前にある文章を文学的文章ととらえるのか論理的文章ととらえるのか、そこの見極めができなくなっているとしたら、そちらの方が心配だ。

 

https://twitter.com/iida_kzm/status/1215132011033059328?s=20

https://twitter.com/higashin/status/1214000943164903426?s=20

| 考える種 | 16:46 | comments(0) | - | - | - |

絵画の新旧、文学の新旧ー明治文学を小説以外からとらえたら@東京大学駒場キャンパス

とても行きたい研究会のご案内です。(とーきょーかーっ)

秋声会とか絵画とか。ドストライクなんですけど・・・。

 

と、これは先日のフォーラムで登壇いただいた井上泰至氏からのご案内です(了解を得てご案内致します☆)以下いただいたメールからの抜粋とご案内です。お近くの方は是非!

 

古田亮さんは角川選書から「日本画とは何だったか」と出しておられる日本美術史研究のエースでして、子規が絵画理論に学んだ背景や、俳句雑誌と画家、本質的な問題としては、近代俳句と近代日本画は「クレオール(混血)」という点で同じだといった議論になると思います。
田部君は子規・虚子についての新進の研究者で柿衛賞を受賞しています。

 

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研究発表

1340〜1510

「俳句における「新派」の源流ー正岡子規の位置づけを再考し秋声会の俳業に及ぶー」    

日本学術振興会特別研究員      田部知季

・インタビュー

 1520〜1730

「明治絵画と文学の新旧」

古田亮

(東京藝術大学准教授、主著『日本画とは何だったのか』『特講 漱石の美術世界』『横山大観』ほか) 

インタビュアー 

井上泰至(防衛大学校教授、 主著『子規の内なる江戸』『近代俳句の誕生』『近世刊行軍書論』ほか) 

※後段で質疑応答の時間を設けます。

 

無料・事前問い合わせ不要

 

主催:科研費基盤C「 明治文芸における新旧対立と連続性―近世文学および日本美術史との関連から」研究会

連絡先:090-2760−7248(井上)

 

 

| おしらせ | 19:50 | comments(0) | - | - | - |

「2020船団フォーラム〜俳句とはどのような詩か〜」

「俳句とはどのような詩か」

 

答えが出るのかなーなんて思いながら会場へ。

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以下、個人の備忘録です。覚え間違い勘違いの類い、あるいは解釈の違いはあるのでそこのところはよろです。

 

第一部は坪内井上両氏による対談。江戸俳諧から近代俳句への流れを追い、子規虚子の考え方に触れる。

ネンテン氏のきっかけは長谷川櫂『新しい一茶』あたりの大衆化された時代こそ近代俳句の始まりだ(?)的な意見が気になると言うことのもよう。

 

たしかに歴史学社会学的にみれば厳然と時代区分もあるし、けれども一般大衆が俳諧を楽しむことができるようになった時代というのは確かなので。。。と井上氏。

 

そのあたりから連歌から俳諧という展開を元に松永貞徳の仕事を振り返って「貴族の文化を町人にひらいた(坪内)」、「ことばの雑食性を受け入れた(井上)」と貞徳を評価。また「(庭造りなど)マルチな人だったのでなかなか学者たちには手に負えない一面があるのではないか(坪内)」、これは言い換えれば今後もっと評価される可能性のある人物ということで現時点では評価の素地が足りていないと言うことかな?

 

ほか登場したことば「ある文化の破壊者としての小林一茶、作り替えていこうとした芭蕉、子規虚子」「失敗した句をすぐ捨てた虚子、順列で作りひとまず全部できたものは残そうとした子規(井上)」「歴史的にみて研究と実作という両方をしてきた人物は定家、子規ぐらいではないか。理論がありながらある瞬間理屈をこえるということも経験してきたのでは(坪内)」「日常から美を見いだすというのは漢詩からきたもの(坪内)で、それがいわばクラシックな美意識(井上)」

 

第二部

「俳句は俳句と思っていて、詩と考えたことがない(塩見恵介)」

「詩と俳句をそもそも同時に作ったことがない。作り方が違っていて、俳句は添削されても気にならないが詩だと傷つくし腹が立つ。詩はことばの奥の息が大切で、情動を表出するもの。そこには内動が存在する。俳句はパーツとしてのことばを使ってする表現。視覚的情報としてのイメージを表すことばがきっかけとなって、子規のような組み合わせ的な方法で俳句は作っている。(山本純子)」←もう船団の会員として発言することはないかもしれないので、と壇上のホワイトボード使って図を使ってまさに力説!かっこいい(*^O^*)

「視覚的なイメージ、といわれるがそこに果たして情動につながるものはないのか。ことばとしてある以上そこは切れないのではないか(井上)」

「切れ字が大事。比喩が大事。池上嘉彦曰く『詩とは固定化された意味の関係性を打破するもの』、塩見さんも無意識に詩を作っているのではないか(川上響)」

「比喩というよりメタファーという方がわかりやすいのでは(木村和也)」

「メタファーの詩、というのはよくわかる。また、私がロンドンでハイクを学び始めた頃は四行だったり形は決まらないようなところもあったが、現在では三行で書けば『HAIKU』とわかるようになってきた。これは型のもつ力ではないか(スティーブン・ギル)」

「俳句には作り手の情動も必要だが、それ以上にそれを読んではたらく読者の情動が大事。多くの場合、俳句の読者は作り手でもあることも大きい(小川軽舟)」

「そういう意味では問答の文学ということか(井上)」

「あれこれ悩まずぽんぽんとことばを入れていって、山がきれい空がきれいと詠んでいくのでそういう作り方で悩んだことがない。ある意味船団のひとはかわいそう(しんどそう?)(新家月子)」

「『おはいく』ともいうべきお稽古事としての俳句をもっと自由なものにできないものか(お名前失念)」

「虚子のように品格の衣を着せればいずれ固定化するしいずれそれは伝統と呼ばれるようになるのだろう。そこを打破するためには季語を深めるかことばのルールを変えるかしかないのではないか(井上)」

「川柳の現場では大衆化と先鋭化がいわれて久しい。ひろがるものとしてのことばの行方と同時に一人で楽しむことばというものにも注目したい(芳賀博子)」

 

あと第一部でちらっと出て来た桑原武夫について鈴木ひさしさんが触れておられました。さすがにくわしいお話で耳と手がが追いつかずごめんなさいm(_ _)m

 

最後、もうないなと思っていたところに振られて頭の中が沸いた私が「碧梧桐についてひとこと」とわけのわからないことを口走り、同時に自分の中で碧梧桐のいう「詩」ということをどうとらえていくか課題として再確認しました(←碧梧桐の作品群を「詩」ととらえていなかったことに改めて気が付いたので混沌にはまった)」。

自分の中では「俳句に求められるものは詩性である」という基準がある以上は俳句はどうころんでもジャンルとしては「詩」だけれども、作り手それぞれの中での「詩性」は決して同一ではないなということを再確認。「詩性」があるからすべてが「詩」でもないだろうとも思えるし。

もともと明快に答えが出るようなテーマではないので、ひとりひとりの頭の中を拝見できてそれがとても楽しかった。

 

行きしなは帯留め代わりの祖母の(たぶん本真珠の)ブローチ落とすしかえりはあと五十メートルのところで道に迷うし。道中ちょっと大変でした・・・。

 

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↑よく話に出て来た『俳句的』『省略の文学』(外山滋比古)。井上氏がこの本との出会いをきっかけに俳句に踏み込んだそうです。

 

 

 

| 行ってきた | 15:11 | comments(0) | - | - | - |

本年もよろしくお願いします

 

俳句も写真も作り替えましたw

 

おかげさまでくうも無事年を越してくれました。

 

ちいさなジェリーのような福ねずみ!?をおいかける一年となりますように。

| あるばむ | 00:25 | comments(0) | - | - | - |

くうのこと心覚え

24日 病院で点滴。サンプルで貰った餌に興味示すも食べず。

25日 机に向かう私の膝にびょーんと飛び乗ってきた。まだ大丈夫、とほっとして夕方から出かける。

26日 流しに飛び乗る。まだジャンプする力あることに驚く。降りることができないので脚立用意する。ごはん食べず、辛うじて水に餌を浮かせたものを飲むのみ(少しでも水を飲んで貰うため)。夜、たぶん最後のうんち。下痢。それをきっかけに様子が変わったのでリビングで看取りの準備。

27日 獣医さんに電話、点滴の予約をキャンセルする。

28日 いつものごはんの場所に行ってなーうなーう鳴く。食べたいのか、飲みたいのか。ささみをゆでてスープにしてお湯で薄めてみる。これなら少しは飲んでくれる。

29日 二階で仕事する私のところについてあがってきた。もう足もとふらふらしている。え、きたの?というとじーっと見上げて来るので抱く。この前は飛んで上がれたのにね。

30日 いったりきたりするけれどふらついて、場合によっては自力で起き上がれず。もう力が入らなくなっているもよう。尻尾ぱたぱたしているのが嬉しいやら悲しいやら。そろそろはなれてはいけないかな?

(追記)

31日 動くのがおっくうそう。匂いがきつく、かいが近づきにくそう。水ももう一滴も飲めない。

正月1日 おせちをひらいていると必死で寄ってくる。ふらつく足取りで。いじらしくてしかたがない。やっぱりひとりがさびしいねんなあ。。賑やかがすきなんやなあ。午後からは撫でくり回しながら天皇杯応援する。ときどき挙げる私の奇声にも尻尾で答える。いつもどおり。

正月2日。午前中は穏やかだったけれども、午後になって小さなけいれんやひきつけを連発。それが強くなっていくのがわかる。四時四〇分、あまりの強いけいれんに思わず抱き上げてしまう。腕の中で小さく二度のひきつけのあと息をひきとる。10歳と9ヶ月。

 

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| ひとりごと・・・俳句以外 | 10:52 | comments(0) | - | - | - |

20191221天皇杯準決勝ヴィッセル神戸VS清水エスパルス

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それはもう寒い一日でしたが・・・。

行ってきました、ノエビアスタジアム。

 

チャントもちゃんと(おい)楽しんで来ました。座ったのがエスパルス側だったので途中どっちを応援しているのかわからなくなりましたが(笑)

 

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ところで。

 

実は春に作ってたんですよね、一句。

 

イニエスタビジャポドルスキー春日差し じゅんこ

 

だからよけい見たかったんですよね、三人のそろい踏み。・・・むりだった(。・ω・。)ビジャ引退とか言うし。決勝には出るのかしら。さすがに東京は無理だ・・・。テレビで我慢しまする。

 

そんなわけで、後輩の川嶋氏とやってる二人誌サバ!3号出ました(報告遅)。

 

ゲスト選者は橋本直さん。

ゲストエッセイは虚子記念文学館の小林祐代さんです。

橋本さん、小林さん、ありがとうございました。

 

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おわかりのとおり「夏」号です。現在秋号を絶賛執筆中(>_<)(いろいろあってそこにたどりつけないん。すみませんすみません)

 

 

↓永島さんがいた頃のヴィッセル神戸のタオルです。そして一致団結は天皇杯仕様。震災のあった95年に創立のクラブだったんですね。練習初日の朝に阪神淡路大震災に見舞われたとか。いろいろ苦難もあったようですが、いよいよ、高みが見えてきました。頑張ろう、神戸!

 

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